十王尊附由緒札
土岐市指定有形文化財「十王尊附由緒札」概要
| 名称 | 十王尊附由緒札 |
|---|---|
| よみかた | じゅうおうそん つけたり ゆいしょふだ |
| 所在地 | 土岐市土岐津町土岐口 御幸町十王堂 |
| 指定日 |
昭和57年3月25日 令和7年11月4日(追加指定) |
御幸町の十王堂には江戸時代に造像された、十王(十王尊)とその眷属など15躯の像が祀られています。これらの像はいずれも木造彩色技法(木製の彫刻に膠や漆で溶いた顔料で塗装する技法)により着色されています。
十王像と共に伝わっている由緒札(由来を記した木札)によると、これら15躯の像は江戸時代前期である寛文十三年(1673年)頃に十王堂と共に作られたと考えられます。
十王とは
十王は冥府(死後の世界)の神であり、死者の罪の重さを決める裁判官です。
十王の起源は古代インド神話における冥府の主ヤマ神にあるとされています。ヤマ神が仏教に取り入れられることで閻魔天(焔摩天)という天部(仏の守護者)となりました。この閻魔天が中国に伝わり、道教や儒教、中国の冥府思想と習合することで十王思想が成立しました。
日本の十王思想は平安時代末期頃に中国から伝来しました。その後、神仏集合思想の一種である本地垂迹説が採用されることで、神としての十王は死者を裁くための仮の姿とされ、その本性としての仏である本地仏が配体されるようになりました。
十王思想によると、亡者(来世が決定していない死者)は死後の初七日から三回忌(満二年)までの間、十王により順番に生前の罪の重さを裁かれます。ただし、生前に十王を祀っていれば罪を軽くすることができるとされたため、十王は広く信仰されるようになりました。
御幸町の十王尊像
御幸町の十王堂には同じ時期に造像された十王全ての像が現存しています。
十王と忌日、本地仏は次のように対応しています。
本地仏 不動明王(ふどうみょうおう)
本地仏 釈迦如来(しゃかにょらい)
本地仏 文殊菩薩(もんじゅぼさつ)
本地仏 普賢菩薩(ふけんぼさつ)
本地仏 地蔵菩薩(じぞうぼさつ)
本地仏 弥勒菩薩(みろくぼさつ)
本地仏 薬師如来(やくしにょらい)
本地仏 観観世音(かんのんぼさつ)※観世音菩薩とも
本地仏 勢至菩薩(せいしぼさつ)※大勢至菩薩とも
本地仏 阿弥陀如来(あみだにょらい)
十王の眷属
十王像の他にも眷属などの像が現存しており、これらも十王像と同時期に造像されたと推測されます。
亡者の罪状を読み上げる閻魔王の眷属
判決文を記録する閻魔王の眷属
※司命と司録は倶生神(人の善悪を記録する閻魔王の眷属神)と混同されるため、倶生神像である可能性もあります。
三途の川のほとりで亡者の衣服をはぎ取る老女
片方に石の分銅、もう片方に亡者をかけ、亡者の罪の
重さを量る道具


浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)
亡者の生前の善悪の所業を映す鏡
※鏡の裏面に枩村因幡守重義(花押)と陽鋳されており、木製の台座部分は他の像と同時期に作られたと推測されますが、鏡は少し後の時代に作られた可能性があります。
由緒札
十王像と共に保管されてきた、十王堂や十王像の造立から修復までを記録した木札です。
現存する由緒札の内、文政九年(1826年)から明治四十年(1907年)までの7枚が令和7年11月4日に追加指定を受けました。
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